2017-03

脱原発・2030年代までに原発ゼロという政策を、技術者として支持する!

脱原発・2030年代までに原発ゼロという政策を、技術者として支持する!
1991年の10月、福島原発1号機のタービン建屋の配管から冷却用の海水が漏れ、非常用ディーゼル発電機が使えなくなっていた!

 原発稼働ゼロの期限を2039年までだとすると、まだ25年以上もある。今から本気で取り掛かれば、十分に可能だと私は考える。そして、それに基づいた政策を支持する。
 原発の代替に関しては、7年前に書いた記事『原発に関して、意外に知られてない(かも知れない)こと』(その記事は → こちら)で一つの結論を出している。石炭火力である。また、7年前には可能性がないと思っていた風力発電も、洋上メガフロートと組み合わせれば、原発の代替と成り得ると現時点では考えている。

 原発が代替可能である以上、全ての原発を廃止するべきだ。それも、出来るだけ早く。
 それは何故か?

 一つ、増え続けるプルトニウムや放射性廃棄物の最終処分場が未だに決まっていないから。
 一つ、高速増殖炉による核燃料サイクルは、現時点では風力発電よりも将来性に劣るから。
 そして、福島第一原発で起きたような原発事故の再発を防ぐため…である。

 今ある原発を新安全基準で審査しても、福島第一原発で起きたような事故を防ぐことは出来ないと私は考えている。何故なら、福島第一原発の事故の全貌は未だに分っていない部分が多いからだ。事故原因がまだ良く分かっていなに、十分な再発防止策など立てられるわけがない。

 特に問題となっているのは、配管の破損が事故にどの程度の影響を与えていたかである。
 この点に関して、興味深い新聞記事(中日新聞2012年5月8日の記事)を発見したので、その一部を引用しよう。
福島原発事故の新聞記事_2

 私が驚いたのは、この部分である。

福島原発事故の新聞記事_3

 なんと、1991年の10月、福島原発1号機のタービン建屋の配管から冷却用の海水が漏れ、非常用ディーゼル発電機が使えなくなるというトラブルが発生していたのだ!

 配管から漏れた冷却水によって非常用ディーゼル発電機が使えなくなったというのであれば、非常用ディーゼル発電機が海抜30メートルの高さにあったとしても防ぐことは出来ない。これは津波とは無関係な、構造的欠陥である。
 このトラブルが発生したとき、どの程度の地震があったのか、それとも無かったのかは分からないが、仮にあったとしても3.11の地震には遥かに及ばない規模のものしか起こっていないだろう。それでも海水とは言え配管から冷却水漏れが発生しているのだから、3.11の東日本大震災の際には同様のトラブルが再発していた可能性が高いと言うしかない。

 こういう欠陥は、福島第一以外の原発には存在しないと断言できるのか?
 学校で工学を学び、卒業後一貫して工場で働いてきた後術者として、とてもそんなことは言えない。

 配管の破損による大規模な冷却水漏れ起これば、多くの安全対策が無に帰す危険性がある。
 その点を徹底的に検証できない限り、福島第一原発レベルの原発事故は再発すると考えるべきなのだ。
 原発にはメリットも多いが、それ以上にデメリットが多すぎる。
 少なくとも、日本の電力の担い手として、原子力発電という技術は不適格である。
 だから、脱原発、「2030年代までに原発ゼロ」という政策を、私は一技術者として支持する。
スポンサーサイト

原子力規制委員会の「発電用軽水型原子炉施設に係る新安全基準骨子案」のパブリックコメントに意見を出してみた

原子力規制委員会の「発電用軽水型原子炉施設に係る新安全基準骨子案」のパブリックコメントに意見を出してみた


 事故を起こした東京電力は、他の電力会社と比較した場合、アホの集団で例外的な存在だと言えるのか?
 事故を起こした福島第一原発は、他の原発と比較した場合、バカしかいない例外的な存在だと言えるのか?

 そんなことはない、と私は思う。
 東京電力も、福島第一原発も、例外的な存在ではない。
 事故によって様々な問題があることが発覚したが、それらの問題が、他の日本の電力会社、他の日本の原発には存在しないとは、証明されてはいない。

 あの日、福島第一原子力発電所を襲った地震と津波が、もしも他の電力会社の何処かの原発を襲ったら、福島第一と同様の原発事故を起こす可能性がある。現時点で、私はそう考えている。
 だから、以下の意見を、原子力規制委員会の「発電用軽水型原子炉施設に係る新安全基準骨子案」のパブリックコメントに提出した。


****************************************

 以下の2点は、内容的には既に基準に含まれているものかも知れません。
 しかし、現時点では(暫定的には)以下のように“具体的あるいは方法を限定して明記”することが必要不可欠だと考えます。

1.原子炉建屋に関する基準
 
 水素爆発(原子炉事故によって発生した水素によって起こされるもの)が発生した場合を以下のように想定し、基準を定めるものとする。
 水素爆発が、原子炉建屋内のいかなる場所(原子炉格納容器内、圧力容器内を含む)で発生(想定される最大規模のものが1回発生、または想定される最大規模に満たないものが複数回発生)した場合でも、以下の条件を満たすこと。
(1)放射能等の有害物質の漏洩に関して、通常の発電所運転時に許容されている値を超えないこと。
(2)耐震性に関して、通常の発電所運転時に定められている基準を下回らないこと。

2.使用済み燃料プールに関する基準
(1)可能な限り、原子炉格納容器内に設置すること。
(2)原子炉格納容器内に設置できない場合、原子炉格納容器と同等の性能を有する別の格納容器内に設置すること。

 以上です。

****************************************


 なお、この件に関するパブリックコメントの提出期間は平成25年2月7日(木)~平成25年2月28日(木)。
 ちなみに、原子力規制委員会のパブリックコメントのページは、こちら↓
      http://www.nsr.go.jp/public_comment/

 福島第一原発レベルの事故(大規模な水素爆発に至る事故)は起きるものだと想定した上で、それでもなお放射能を原子炉建屋外に漏らさないことが、今の日本の原発には求められる。
 既存の原発を再稼動、あるいは新規に原発を建設・稼動させるのなら、そういう基準を満たしていることが必要なのだ。

 今、日本で最も危険な存在は、福島第一原発4号機の使用済み燃料プールである。
 炉心数個分もの使用済み核燃料が詰め込まれたプールは、元々遮蔽されていない構造であったため、水素爆発で建屋の外壁が吹き飛ばされたことにより、外気に剥き出しの状態となった。
 このとき、もしも使用済み燃料プールが致命的な損傷を受けていたら、福島第一原発は事実上壊滅し、完全に制御不能となっていた。そうなれば、南西250km圏内、即ち東京都を含む一大地域から、避難を余儀なくされていた可能性もあるのだ。

 スクラム成功後に冷却用海水ポンプが機能しなくなっても、空冷システムで崩壊熱を除去して冷温停止状態を維持できるというのが理想だと思う。しかし、そういうシステムを、配管系の耐久性(耐震性を含む)を低下させることなく構築するというのは困難だとも思う。
 そうなると、福島第一の事故のように冷却用海水ポンプが機能しなくなった場合にメルトダウンを防ごうとしたら、人海戦術でいくしかなくなる。これに関しては、また別の記事で書いてみたい。

福島原発の事故は、非常用ディーゼル発電機の半数以上が空冷式かつ15mの高台に設置されていたら起こっていなかった…という単純な話ではないのか?

福島原発の事故は、非常用ディーゼル発電機の半数以上が空冷式かつ15mの高台に設置されていたら起こっていなかった…という単純な話ではないのか?

 今週発売された週刊誌にはガッカリだ。
 週刊誌に大きな期待をしていたわけではないが、それでも表紙に「我々マスコミは放射能の不安を煽りたくって仕方ないんですウハウハ」「この記事を読んで、もっと不安になれゲラゲラ」と言っているとしか思えない見出し文字が並んでいるのを見たら、思わず溜息が出た。買うどころか、立ち読みする気にすらならなかった。

 今、私が一番知りたいことは、福島原発事故と同タイプの事故の再発防止策である。

 福島第二原子力発電所は、事故に至ることなく、3月15日に全ての原子炉が冷温停止し、安全な状態になった。
 福島第一原子力発電所は、3月12日に1号機建屋で水素爆発が発生するなどの事故が起き、現在も放射能漏れが続いている。

 この違いは、何に拠るのか?
 これこそが、今回の事故の原因の本質である。

 「原発だから事故が起きた」のなら、福島第二原発も、福島第一原発と同様の事故が発生していなければならない。
 しかし、現実は違う。
 「原発だから事故が起きた」のではない。
 福島第一原発にあった固有の何かが、事故を起こしたのだ。 

 津波の高さに違いがあったのか?
 非常用ディーゼル発電機が設置されていた高さに違いがあったのか?
 非常用ディーゼル発電機の冷却方式(空冷式または水冷式)に違いがあったのか?
 燃料タンクに違いがあったのか?
 制御盤に違いがあったのか?

 福島原発の事故は、非常用ディーゼル発電機が12台とも空冷式かつ15mの高台に設置されていたら起こっていなかった…という単純な話なのか?
 それとも、原発またはタービン建屋(復水機)のポンプにも問題があったのか?

 そういうことを、早く知りたい。

原発に関して、意外に知られていない(かも知れない)こと 【その3】

原発に関して、意外に知られていない(かも知れない)こと 【その3】

  その昔、原発施設でアルバイトしたときの思い出
          チェレンコフ光を、生でバッチリ見てきました!

 この記事は、
原発に関して、意外に知られてない(かも知れない)こと
原発に関して、意外に知られていない(かも知れない)こと 【その2】
 の続きである。

 私は、学生時代(20年以上前)に原子力関連設備でアルバイトをした経験がある。実質的にはアルバイトであったが、名目上は学校のお墨付きを受けた夏休みの研修であった。そのため、単なるバイトでは見せてもらえないようなモノも見せてもらったし、写真も撮らせてもらった。
 その中でも、チェレンコフ光を放つ、今まさに稼動中の原子炉の炉心を生で見て、その写真を自分で撮ったことは、一生忘れられない思い出だ。
 これが、そのときの写真である。

  【Fig.1 チェレンコフ光を放つ、稼動中の原子炉の炉心】
チェレンコフ光を放つ炉心

 上の写真は、炉心内の照明を点灯した状態のもの。
 下の写真は、炉心内の照明を消灯した状態のもの。即ち、純粋にチェレンコフ光のみが照らし出した、稼動中の原子炉の炉心である。

 チェレンコフ光が青白い光であることは知っていたので、実際に見ても驚きはしなかった。別に変わった光ではなく、「ああ、綺麗だなぁ」という感じである。
 もちろん、この写真に写っている炉心は、充分な厚みの水の層の上から撮影されたものだ。
 「チェレンコフ光を見た者は黒焦げになる」とか思っている人もいるようだが、充分な対策を施した状態であれば、このように肉眼で見ても問題は無い。私はこの写真を撮影して20年以上が経った今でも生きているし、つい最近の健康診断で「全て異常なし」の結果が出たばかりである。
 当然ながら、当時このバイトを始めるにあたっては、事前に血液検査を行って白血球の数等を調べているし、事後も同様である。もちろん、そのときも何ら異常は無かった。

  【Fig.2 原子炉の上に立つ私】
原子炉の上に立つ私

 Fig.1の写真を撮った場所は、多分、この付近だったと思う(何しろ20年以上も前のことなので、断言は出来ない)。Fig.2は原子炉格納容器の上の部分であり、ここのどこかに開口部があり(Fig.3に写っている丸い部分?)、そこから炉心を見下ろしたのだと思う。

  【Fig.3 原子炉の上(開口部?)】
原子炉の上のアップ


 稼動中の原子炉を擁する設備で私がアルバイトをした理由は、始めに書いたようにそれが学校指定の夏休みの研修だったからである。もっと正確に言うと、学校指定の夏休みの研修の中に原子力設備のバイトが挙げられており、それを私が選択したのだ。
 原子力設備のバイトと言っても、実際に原発内部を掃除するといったハードなものではない。研修レポートのタイトルは、確か『CP/Mを使ったデータベースの構築』とか、そんな感じだったと思う。実際には「原子力実験データのデータベース」へのデータ入力作業がほとんどで、たまにCP/Mをチョコチョコいじって感触を掴むといった程度のものだった。

  【Fig.4 アルバイトに励む私】
バイト中の私

 パソコンの形が、20年以上の時の流れを彷彿させる。フロッピーも写っているが、本当に“ぺらぺら”な5インチだ。もちろん、私もまだ10代と若い。

 私が原発の安全性を基本的に信頼しているのは、このアルバイトの影響が強い。例えば、これ。

  【Fig.5 原子炉設備入り口に立つ私】
原子炉設備入り口に立つ私

 原子炉がある区画の入り口である。もの凄くゴツくて、ぶ厚かった。戦車が突っ込んで来ようが、対戦車ミサイルが何発か直撃しようが、少なくとも内部には全然ダメージが出ないように感じられた。当時は爆弾テロとかを連想することはなかったが、ここに立ったときは、
「あ、ここよりも街中のガソリンスタンドの方がよっぽど危ないわ」
と思ったものだ。建物の外壁もゴツイ造りで、まるでシェルターのようだった。

 チェレンコフ光とともに強烈に記憶に残っているのが、ガイガーカウンター。
 それは原子力設備の出口、チェックゲートのような場所に設置されており、球体の内側に手を突っ込んで測定するような構造になっていた。初めて原子力設備を見学させてもらった帰り、言われるままに私が自分の両手を球形の測定部に突っ込むと
バリッバリバリッ、バリバリバリッッ
というアノ独特の音が、もう大音響で響き渡ったのである。
 そりゃもう、ビックリするわな、ああも激しくバリバリ鳴れば。
 まるで感電したように直立不動状態となった私の背後で、
「はい、被爆量◇◇、全然問題なし」
と指導担当の方が、サクッと言われた。ホントにもう、漫才のオチのように、サクッと。
 ガイガーカウンターはその後も使ったと思うのだが、この最初の1回目の場面しか覚えていない。とにかく、デカイ音がした。指導担当の方がガイガーカウンターの音量を目一杯上げて、私を驚かそうとしたのかと思えるほどだ。もっとも、当時の私が単にビビリだっただけかも知れないが。まぁ、別に今でもビビリですけど。

 もう一つ忘れられないことは、実験用の炉心に被爆量測定器を落っことしたこと。

  【Fig.6 剥き出しの原子炉炉心】
原子炉の炉心

 炉心といっても、前出のチェレンコフ光を撮影した原子炉の炉心ではない。それとは別の、剥き出しになっている原子炉の炉心である。Fig.6は、私が「落し物」をした炉心と、同じタイプの炉心の写真である。ただし、この炉心には水が張られていない。
 私は身に着ける被爆量測定器として、万年筆タイプのものと、フィルムバッチと呼ばれるバッチタイプのものを渡されていた。バッチの方はピンでしっかりと留めていたが、万年筆タイプの方は胸ポケットに普通の万年筆のように挿しているだけだった。
 私の「落し物」は、万年筆タイプの被爆量測定器だ。「静電容量タイプ」といった説明を受けた記憶がある。
 そのとき、私は剥き出しの原子炉炉心の上に渡してある渡り板の上に乗り、指導担当の方から説明を受けていた。指を指されたその方向を覗き込んだ瞬間、胸ポケットから万年筆タイプの被爆測定器が滑り落ち、チャポンと音を立てると炉心の中に沈んでいった。
(うわっ、ヤバイ!)
 私は一瞬にして全身から血の気が引いた。モノホンの原子炉の炉心に、万年筆タイプの被爆測定器を落っことしてしまったのだ。
「あ~あ。ま、でも気にしなくていいよ」
「は?」
「みんな、一度は落とすから」
 私は、恐る恐るもう一度炉心を覗き込み、炉心の底、私が万年筆タイプの被爆測定器を落っことした付近を見た。そこには、たくさんの「落し物」が沈んでおり、自分の落とした物がどれだか分からないような有様だった。確か、赤いボールペンも沈んでいたような気がする。

 原子炉とはいえ、出力の極めて小さな実験炉であったためか、設備内の雰囲気はとてもリラックスしたものであった。
 私の指導担当の方は、非常に気さくな人で、服装もラフだった。夏休み期間だということもあり、Tシャツに短パン姿で足元はサンダル、しかもビーチサンダルみたいな感じのサンダル。
 ちなみに私は写真の通り、襟付きのシャツとスラックス(両方とも自前)という服装に、原子力マーク付きの黄色いシューズを借りて履いていた。

 このバイト中に聞いた話で、印象に残っているものが二つある。
 一つは、“原子炉ジプシー”の話。原子炉の保全作業は、危険を承知で作業を請け負った人間が、命をすり減らしながら行っているというのだ。
 危険な作業は無人化できないのかという私の問いかけに対し、指導担当の方は
「そういう点では、原子炉は“原始炉”だから」
と苦笑いしながら答えていた。
 工場の保全技師を8年以上務めた今なら、この意味が良く分かる。原発に関して、意外に知られていない(かも知れない)こと 【その2】でも書いたように、自らの作業着に黒い油汚れを作りつつ設備保全の実作業のキャリアを重ねなければ、保全性の良い設備を設計するのは困難なのだ。

 もう一つは、「クーラーから排出されるドレイン水(排水)は、放射能が高い」という話。原子力関連設備内の放射線量をあちこちで測定していたら、クーラーのドレイン口で飛び抜けて高い数値が計測されたというのだ。
 しかしこれは、何も原子力関連設備内のクーラーに限ったことではない。
 クーラーは、実は集塵機でもあり、空気中の塵を内部に集積させている。地球の土、水、植物、木材、建材等の生活環境中には、天然放射能と呼ばれる放射性核種が広く分布しており、空気中の塵もその例外ではない。塵も積もれば何とやらで、クーラーのドレイン口は周囲より飛び抜けて高い放射能を示すようになるらしい。
「この原子力設備の中で、最も放射能が高い廃棄物は、事務所のクーラーのドレイン水だ」
と指導担当の方は笑っていたが、果たしてどこまで冗談だったのだろうか。

 しかし、それよりも私にとって衝撃的だったのは、“盆踊り大会”だった。
 バイト(研修)中のある日、私は指導担当の方から、バスの回数券のようなものを頂いた。よく見ると、その券には【焼きそば】とか【お好み焼き】とかの文字が印刷してある。
「もうすぐ盆踊り大会があるから、そこで使って」
と言われたときは、近くの公園かどこかで盆踊り大会が催されるものだとばかり思っていた。
 しかし、信じられないことに、その盆踊り大会は「原子力施設の柵内」で開催されたのである。

 言うまでも無く、「原子力施設の柵内」は、普段は関係者以外立ち入り禁止である。
 何しろ、門のところには「ただいまの放射線測定値…◇◇」という電光表示板が設置されており、リアルタイムで測定値が表示されているのだ。
 普通の工場とはワケが違う。稼動中のホンモノの原子炉を擁する施設である。
 普通、関係者でもない限り、誰もそんな施設には近寄らないだろう。

 それが、盆踊りの当日は…
「原子力施設の柵内」に、周辺の住民の皆さん(大人から子供まで)が大集合!
 まだ明るいうちから売店も出ていて、まるで学園祭のような雰囲気である。
 その店で売られているアイスは「メルトダウン・アイス」?(いえ、普通のアイスです)
 あそこで売られている青白い飲み物は「チェレンコフ・ソーダ」?(いえ、普通のソーダです)
 あの売店で焼いているホットケーキは「イエローケーキ」?(いえ、普通のお好み焼きです)
 …確かに普通の売店が普通にお好み焼きとか売ってますが、ここは「原子力施設の柵内」なんですよ!
 ちょっと、住民の皆さん! すぐそこの建物の中には、実験用とはいえ核燃料が装填された原子炉があるんですけど!
 周辺住民の皆さんで賑わう通りを、私は軽い目眩を感じながら歩いていた。すると私の前に、焼きそばの売店が現れた。そこで鉄板をジュージューいわせながら焼きそばを焼いていた男性は…私の指導担当その人であった。私は、思わず訴えかけるようにこう言った。
「…こんなんで、いいんですか?」
 指導担当の方は、焼きそばを焼く手を休めずに、ハッキリと答えた。
「こんなもんよ、こんなもん!」

 あらかじめ支給されていた【焼きそば券】を使って、焼きそばを手に入れたのかどうかは、覚えていない。
 暗くなってから始まった盆踊りは、普通に「オバQ音頭」とかだったと思う(「チャイナシンドローム音頭」とかは、やってなかった)。
 冗談のようだが、これは全て本当の話である。
 今回は、思い出話に終始してしまった。原子力発電のリスクの件は、いずれ別の記事で書いてみたい。

原発に関して、意外に知られていない(かも知れない)こと 【その2】

原発に関して、意外に知られていない(かも知れない)こと 【その2】

      東京に原発を造るバカはいない
                    それでも気になる原発の安全性の実情

 この記事は、原発に関して、意外に知られてない(かも知れない)こと の続きである。

 一昔以上前、広瀬隆という人が『東京に原発を!』という本を書いている。私は読んだことはないのだが、「アホかいな!」というツッコミを前提にした「お笑い系」の本ではなく、いわゆるトンデモ本のようだ。
 こういう本を書く人は、きっと人前で「原子炉圧力容器内の水は100度で沸騰している」と平気で言ってしまうような無知な人なのだろう。それでも、この手の本を読んで冗談抜きで感心している人もいるようなので、世の中は恐ろしい。
 映画『東京原発』も、内容的にはツッコミ所満載の「お笑い映画」なのだが、やはりそう思わない人もいるようなので、世の中は本当に恐ろしいものだとシミジミ感じる。

 さて、確かに東京には原発がない。
 しかし、東京にないのは、何も原発だけではない。東京には、黒部川第四発電所クラスの水力発電所もないのだ。(ついでに言えば、東京にはディズニーランドもディズニーシーもない)

 何故、東京には原発も、黒部川第四発電所クラスの水力発電所もないのだろうか?
 それは、両方とも現状の技術では、東京(都市部)に造るには効率が悪い発電所だからだ。
 原発は、土地効率(立地条件)の観点から、地価の高い都市部には不向き。あえて極端な例を出したが、東京に原発がない理由は、東京に黒部川第四発電所クラスの水力発電所がない理由と基本的には同じである。
 東京湾に面する広大な用地を確保し、その地盤を徹底的に改良すれば、東京に原発を造ることも不可能ではないだろう(原子炉等規制法にある「十分に公衆から離れている等の適切な立地条件を有していること」という項目に関しては、ここでは触れない)。
 しかし、そこまでして原発にこだわる理由などない。言ってみれば「東京に黒部川第四発電所クラスの水力発電所を造ろう!」という思想に正当な根拠がないのと同じである。

 何事も、適材適所だ。
 実際に、東京には原発はないが、火力発電所がある。
 中でも品川火力発電所は、都市ガスを燃やして発電するという、まさに都市型の発電所。敷地面積約10万m2で、114万kWを生み出す。敷地1万m2辺り、約11万kWであり、単位面積当りの発電出力が高い。

 これを原発と比較すると、品川火力同様に東京電力の発電所である福島第二原発は、150万m2で440万kWで、1万m2辺り、約2.9万kW。同じく柏崎刈羽原発は、420万m2で1290万kWで、1万m2辺り、約3.1万kW。
 ちなみに関西電力の美浜原発は、52万m2で166万kWと、1万m2辺り、約3.2万kW。四国電力の伊方原発は、86万m2で202万kWと、1万m2辺り、約2.3万kW。

 品川火力発電所は、原発の3~4倍も土地効率が高いのだ。
 しかも、ガス火力であるため、改良型コンバインドサイクル発電(ACC発電)という発電方式の実現が可能となっている。熱効率は発電所としては世界最高水準の50%で、これは原発の熱効率の30数%を大きく上回る。熱効率の面から見ても、品川火力発電所は既存の原発よりも優れているのだ。

 電力を大量に消費する東京などの都市部に発電所を建設することは、送電設備の建設を減らし、送電ロスを防ぐ意味で有意義である。同時に、そういった発電所は1万kWでも出力が大きく、1%でも熱効率が高いものにするべきである。
 ゆえに、東京に造る発電所は、原発ではなくACC発電、またはそれを更に改良したMACC発電方式を採用すべきなのだ。
 そういった観点からすると、東京に原発を造るなど、愚か者の発想でしかない。

 なお、既存の原発の土地効率や熱効率が火力発電所に劣っているのは、必ずしも原発という発電方式そのものが劣っていることを意味しない。
 原発は、あらゆる面で安全基準が火力発電所よりも厳しいため、熱効率を上げられないのだ。一番足を引っ張られているのは、蒸気条件(温度、圧力)の上限設定だろう。

  【 原子力情報なび「原子力発電の熱効率を知りたい」 】
  【 資源エネルギー庁ホームページ「南アフリカが開発を進める高温ガス炉とはどのようなものですか。」 】

 火力発電なら、熱交換系の配管の太さ一つとっても、肉厚をギリギリまで薄くして熱効率を高めることが出来る。極端な話、もし薄くし過ぎて蒸気漏れが発生した場合でも「じゃあ、もうちょっと厚めの配管にしよう」で済む。こうした事故が発生したとしても、死傷者が出ない限り、マスコミで大きく扱われることもないだろう。
 原発だと、そうはいかない。「漏れた」となれば、例え一次系でなくても大問題になる。当然マスコミも世間も大騒ぎだ。
 ちなみに、品川火力同様、ACC発電を採用している川越火力(中部電力)では、タービン付近で火災を起こしたりタービンの翼が折損したりと事故を起こしている。事故当時、マスコミや世間は、どの程度騒いだのだろうか。

  【 中部電力 川越火力発電所4号系列における火災について 】
  【 中部電力 川越火力発電所4-2号機の運転再開について 】


 それでは、日本各地の比較的僻地に造られている原発の安全性に、問題はないのだろうか。
 原発が火力発電よりも厳しい(つまり、余裕をより大きく取った)基準で造られている以上、原子力発電所は火力発電所よりもむしろ安全と言える。もちろん、放射線による構造物の劣化という火力にはないマイナス要素もあるが、当然ながらその分も見込んだ上での基準になっている筈だ。
 そういった基準を守った上で、設計・施工・運転・保守が行われていれば、原発の安全性に問題はない。

 事故想定を含む基準の話は次回に行うとして、ここでは私の経験上、少し気になっていることを述べておきたい。
 私は5年ほど前まで、電気系の保全技師として工場で働いていた。その時期に、職長研修として、社外で安全教育を受けたことがある。私自身、職場で最高レベルの安全教育を受けていたという自負があったので、社外の安全教育など不要だと思ったが、決まりごとだったのでしぶしぶ受けに行った。実際、所詮現場のプロではない講師の話など既にどこかで聞いたようなものばかりだったのだが、それ以外の意外なところで得るものがあった。
 研修は、社外の安全ナントカ協会が主催するものであるから、当然ながら全く別々の会社の人間が集まってくる。集まった人数が多いので、幾つかのグループに分けられての研修となった。別の会社とは言え、大半が同じ職種(主にエンジニア)・職階(主に職長)である。雰囲気は、ざっくばらんとしており、少なくとも私がいたグループは休憩時間に普通に雑談をしていた。
 そして、私のグループには、原発の建設を担当したエンジニアがいたのである。末端のメーカーではなく、中学生でも知っているような有名メーカーのエンジニアだった。その彼が苦笑いしながら話していた内容が印象的だった。
「原発建設の下請け・孫受け業者が連れて来る作業者の中には、派手に紋々(刺青)を入れた人がけっこういるんですよ。そんな人に、ちゃんとヘルメット被って作業しろとか、とても言えないですよ」
 私は「それを言うのがアンタの仕事でしょ」と心の中で突っ込んでいたが、研修所で他所の会社の人を説教しても仕方ないので適当に相槌を打っていた。しかし、こんな現場感覚の乏しい人が現場監督をやっていたのでは、原発の施工精度は高くないだろうなぁと、少々不安になってしまった。
 ちなみに、紋々(刺青)を入れた人が現場作業員として扱いにくいかというと、私は必ずしもそうではないと思う。私だったら普通に接するし、普通に注意する。別に頭ごなしに怒鳴る必要などない。自分も相手も仕事で現場に来ているのだから、普通に接すればいいのだ。
 これは単に、コワモテのオッサンに慣れているか否かというだけのことだと思う。私は工場の製品搬出設備を担当していたので、社外の物流の人やトラックの運ちゃんと接する機会もそれなりにあった。税関で絶対にチェックされるだろうなと思える風体の人もいたが、現場で仕事をしている分には、何の問題もなかった。たまに、トラックの運ちゃんがドアを開けたままトロトロ走っていて設備にぶつけちゃったとかのトラブルはあったけど。

 原発の建設現場の監督状況以外にも、気になることがある。それは、原発の電気設備の保全性だ。
 私の勤務していた工場の場合、設備の設計施工および試運転と、試運転が終了して稼動に入った後の修理・保守は、原則として「同じ社内の別々の部署」が担当していた。つまり、社内に設計担当の部署と保全担当の部署が、別々に存在していたのだ。私はずっと保守担当の部署にいたが、保守にいた人間が設計の部署に異動になったり、その逆の異動もあった。
 えてして、設計担当の人間は設計・施工がラクな設備を造りたがるが、そういう設備は十中八九、保守がやりづらい。保守担当の人間は、当然ながら保守するのがラクな設備を求めるが、そういう設備を設計するのはラクではない。よって、設計担当と保守担当の間では、限られた空間と予算と時間内に設備を造るにあたって、時には対立するのだ。
「こんなところにモーターを据え付けられたら、交換するのが大変だからダメ」
「いや、ここにしか据え付けスペースがないから、どうしようもない」
「軸を延長してコッチ側に出せばいいだろ」

 こういうところをキッチリ議論しておかないと、とんでもない設備が出来上がってしまうことになる。
 私が見て酷かったものに、グリースニップル(潤滑油給油口)がズラッと並んでいるのに、周囲に隙間がないので全くグリースアップ(圧力を用いた給油)できないという設備があった。グリースニップルにはグリースガンという専用具を用いないと給油できないのだが、それにはある程度の空間(距離)が不可欠なのだ。銃身がフレキジブルなタイプのグリースガンを持ってきても、銃身の曲率半径による限界があるので、一定の距離がないと注せない。
 保全担当としては、グリースアップのために設備をいちいち分解するような暇はないので、そういう設備はグリース切れして故障するまで放置されることになる。それが許されない場合は、保守担当が独自に予算を取って、その設備を改造してしまう。

 例外はあるが、一般的には保守業務を経験したことのない(または保守業務経験の浅い)人間が設計すると、保全性の悪い設備が出来上がる傾向が強い。
 原発を設計施工している人間が、原発の保守業務を担当することがあるのだろうか? おそらくないだろう。
 それどころか、設計施工を担当する会社と、保守を行う会社自体が異なる会社なのではないだろうか。(シュラウドの交換のような大規模な保守ではなく、工場でいう月例点検的な保守)
 ポンプがあればモーターもある筈だ。こういった機器は、定格運転させた状態での点検を行わないと、異常を見落としやすい(ベアリング部に温度シールを貼っておくなどの点検手段もあるが、やはり触診・聴診よりは不確実だろう)。モーターの場合、電流や絶縁の値が正常であっても、ベアリングに異常(劣化)が生じている場合が往々にしてある。最悪の場合、ある日突然ステーターとローターが接触してモーターとしては致命的な故障に至ることもあるのだ。
 点検・保守がしづらい設備の場合、そういった故障が生じやすくなる。

 モーターが動かなければ、ポンプは動かない。
 ポンプが一台止まったぐらいでは重大な事故には発展しないとは思うが、かつて工場の現場で電気設備の保守業務を行っていた者としては、原発の設備の保全性がどの程度の状態にあるか、やはり気になる。

 さて次回は、私が学生時代に原子力実験設備でアルバイトしたときの経験談を中心に書こうと思っている。

原発に関して、意外に知られてない(かも知れない)こと

原発に関して、意外に知られてない(かも知れない)こと

      ピークカットしても原発は減らない
                        東京に原発を造るバカはいない


 原発に反対している人がいる。
 もし原発なしでも何の問題も生じないなら、ない方が良いに決まっている。
 しかし、現実はそうではない。現状のまま原発を全部止めたら、当然ながら電力が不足する。原発を止める・なくすためには、その問題解決策を、セットで考える必要がある。

 一部の人は、ピークカット(電力需要のピークを減らす)をするだけで原発が不要になると考えているようだが、それはとんでもない誤解である。
 ちょっと調べれば分かることなのだが、原発はベース電源として運用されている。ピーク時の電力が減ったからといって、原発を止めるということにはならない。それが、日本の電源運用の基本的な考え方なのだ。これは、図を見れば一目瞭然である。

  【東京電力のホームページの「1日の時間帯別発電の組み合わせ」】

 ピークカットを行っても、不要になるのは石油火力発電であって、原子力発電ではない(揚水式発電所は、夜間の電力を貯蔵する役目があるので、不要となるのは石油火力発電の方だろう)。
 もちろん、停電を予防するためにもピークカットは行った方が良いに決まっているが、それと原発廃止は全く話が別なのである。

 それでは、日本の原発を止める・なくすには、どうしたら良いのか?
 日本政府の「原発をベース電源として運用する」という基本方針を変えさせる、即ち「原発以外の発電方式をベース電源として運用する」という基本方針を採らせれば良いのだ。

 その前に、なぜ現状で日本政府が「原発をベース電源として運用する」ことを基本方針とし、電力会社もそれに従っているのかを確認しておこう。
 想像力の無い人は、すぐに「原発を建てれば建設業者や政治家が潤う」という癒着とか談合の類を言い出すが、そんなことは火力発電所でも出来ることである。原発には、原発特有のメリットがあることを忘れてはならない。

 原発のメリットとは何か?
 それは一言で言えば、「安定性」である。
 原子力発電は、いろんな意味で「安定性」を有しているのだ。

 まず、日本政府から見たメリットとして挙げられるのが、輸入における安定性。

  【資源エネルギー庁のホームページの「日本のウラン調達の現状」】

 これを、

  【資源エネルギー庁ホームページの「エネルギー資源の確認可採埋蔵量」】

と比較するだけでも、とりあえず原発をベース電源にしておきたい気持ちになってくる。石油だけでなく、天然ガスもかなりの割合が中東に握られているのだ。(石炭に関しては後述)
 一般人の感覚からすると、ガソリンスタンドは日本中どこでもあるし、ガソリンはいつでも手に入ると錯覚しがちだ。
 しかし、想像して欲しい。もしも日本国内には、広島にしかガソリンスタンドが存在しなかったとしたら? そしてその広島は治安が悪く、一般市民も平気で巻き込む大規模な暴力団抗争がいつ始まるかも分からないような状態だったとしたら?
 そんなところでしか手に入らないガソリンに対しては、少しでも依存度を減らしていきたいと考えるのが当然だろう。

 また、原発の燃料であるウランは供給元が安定しているだけではなく、容量的にコンパクトであるというメリットがある。

  【資源エネルギー庁ホームページの「100万キロワットの発電所を1年間運転するために必要な燃料」】

 これを見ると、ウランは他の燃料と比較すると、桁違いどころか1万分の1のレベルである。このコンパクトさは、輸送と備蓄の両面で大きく寄与する。

 ウランは危険だというイメージがあるが、貯蔵という観点からすると、石油や天然ガスの方が余程危険だというのが私の持論だ。ウラン貯蔵なら、テロリストが外から対戦車ロケット砲を撃ち込もうが、数発程度だったら安全を確保する構造にすることが経済的に可能だ。実際、原発はそういう構造に(結果的に)なっている。

  【資源エネルギー庁ホームページの「原子力発電所がミサイル攻撃を受けたらどうなりますか。」】

 しかし、石油や天然ガスの貯蔵施設の場合、規模が大きすぎるので、全体を堅牢な構造にすることは事実上不可能である。
 石油や天然ガスの貯蔵施設がテロリストに狙われた場合、例え対戦車ロケット砲を数発撃ち込まれただけでも、凄惨な被害が発生する可能性が高い。
 もし私が「死ね死ね団」のような日本を憎むテロリストだっとしたら、ウラン貯蔵施設ではなく、石油タンクやガスタンクを狙うだろう。
 燃料貯蔵施設の隣に住めるものなのかどうかは知らないが、もし住むのなら石油タンクやガスタンクの隣よりも、ウラン貯蔵施設の隣に住みたいものである。

 電力会社にとっての原子力発電のメリットもまた、安定性である。
 何と言っても、燃料交換しないで約1年間連続運転することが出来るというのは大きな魅力だ。
 これも、想像してみて欲しい。世の中に、暖房設備が石油ストーブと原子力ストーブの2種類しかなかったとする。更に、石油ストーブは毎日毎日燃料を給油する必要があるけれど、原子力ストーブは一度燃料をセットすれば一冬の間もつとしたらどうだろう。おまけに原子力ストーブは酸素を消費しないから、換気の必要もないのだ。
 私だったら、原子力ストーブを選ぶような気がする。

 最後に付け加えておかなければならないのは、「原子力発電は準国産エネルギー」という日本政府の願望だ。「もんじゅ」の事故の後、政府の核燃料サイクル計画がどうなったのかについてはここでは触れないが、資源に乏しい日本が、電力エネルギーに関して高い自給率を持つようになることを望むこと自体は、何も間違っていない。
 私が思うに、原発推進を決めた政府の年寄り連中の中には、戦争中に物資の補給を絶たれて苦労した経験を持つ者がいるのではないか。輸入を絶たれた日本がどんなに脆弱か、補給を絶たれた戦場がどんなに悲惨か。それが身に染みている(トラウマになっている)からこそ、核燃料サイクルによる電気エネルギーの自給率向上を計画したのではないだろうか。

 さて、それでも原発は危険だから、「原発を廃止し、原発以外の発電方式をベース電源として運用する」としよう。
 現在、原発は日本の発電設備容量の約5分の1を占めている(発電電力量としては約4分の1)。

  【資源エネルギー庁ホームページの「二次エネルギーの動向」】

 原発を廃止した場合、それに代わるベース電源は何になるのか。
 水力は、現状でほぼ限界なので発電電力量的に無理。
 風力や太陽光は、現状では発電規模が問題外(風力は、将来的にも問題外)だし、安定供給という観点からもベース電源に向かない。
 石油と天然ガスは、燃料の安定供給に問題がある。
 消去法の結果、残るのは石炭火力となる。
 石炭は、確認可採埋蔵量と可採年数ではダントツでトップだし、供給元もウランと同じように多様で安定している。ただし、前出の「100万キロワットの発電所を1年間運転するために必要な燃料」という点では最も劣っている。
 更に、石炭火力には、CO2排出量が最も多いという欠点もある。

  【原燃のホームページの「原子力発電は環境保全に役立つのですか?」】

 しかし、原発を廃止するとなると、石炭火力しか選択肢がないというのが現状である。
 そういうわけで、このコラムでは、「原発廃止」とは「石炭火力推進」とセットで論じなければならないという結論に達した。

 お腹が減ってきた。夕飯の時間である。原発の安全性や、「東京に原発を造るバカはいない」という話は、また来週にでも…。

«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

震電

震電

 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。