中川翔子 超貪欲☆まつり IN 日本武道館
中川翔子 超貪欲☆まつり IN 日本武道館
会場 :日本武道館
公演日:2009年10月24日(土) 17:30〜
ちょうど1週間前に℃-uteのコンサートに行っていたこともあり、ハロプロ系のコンサートとの違いを痛感せざるを得なかった。
そのことはすぐ後で語るとして、実は最初に気になったのは、コンサート会場が異様に狭く感じられたことだった。日本武道館には過去ボクシングの世界戦を二度ほど観に来ているのだが、そのときと比べると広さが半分以下になっている印象を受けた。大袈裟に言えばJCBホールと大して変わらないような感覚で、とても1万人を収容できているとは思えなかった。
JCBホールも最初に行ったのはボクシングの興行だったけれど、後日しょこたんのコンサートで行ったときに狭くなっているとは感じなかった。これは、JCBホールがそもそもライブハウスとして造られているからだろう。
日本武道館はその名が示す通り、本来はコンサートを行う会場ではない。コンサートに適した構造にはなっていない。そのため、15000席が10000席に減ったことが、半減以上の減り具合に見えてしまったのだと思う。
アリーナ中央から見渡すと、客席自体は少なくとも90%以上埋まっているように見えたし(所謂ほぼ満席状態)、会場が狭く感じられることでタイトで濃密な空間感覚を味わえたので、結果的には良かったのだが。
さて、しょこたんのコンサートとハロプロ系のコンサートの違いに関してだが、客の半分が若い女性であるとか、コスプレしている客が目立つという点に関しては割愛する。ちなみに、私もコスプレ(上着と手袋のみの簡易バージョン)をするつもりで衣装を持って行ったのだが、雨が降っていたのでやめておいた。
今回のコンサート現場において、新たに気付いたハロプロとの相違点は、
ハロプロは、現場的には消費型のアイドルである。
しょこたんは、現場的には崇拝型のアイドルである。
ということだ。
今回は、コンサート開始直後に映し出される映像に「しょこたん本人」の映像が多用され(多分しょこたんのコンサートでは初めて)、いわゆる煽り映像っぽくなっていた。この映像が流されたときの会場の雰囲気が、ハロプロ系のコンサートの会場の雰囲気とは全く異なっていたのだ。これには、コンサート慣れ(ハロプロ系は50回以上、しょこたんは今回で8回目)している私も驚かされた。
ハロプロ系のコンサートでも、毎回のようにメンバー紹介の映像が流されており、それが煽り映像的な演出効果を果たしてはいる。しかしそれは既にパターン化された「盛り上がりセレモニー」であり、「お約束の世界」である。そして何よりも、そこにおける盛り上がりは、これから自分が行う「消費」に対する盛り上がりなのだ。
分かり易く例えると、
「ハロプロメンバーの煽り映像に対する観客の盛り上がり」は、
「クイズ番組において、クイズの前に商品が紹介されるときの盛り上がり」
と同質なのである。
「大型TVです」 「ワーッ」
「パジェロです」 「ワーッ」
という、アレと本質的には変わらない、消費対象に対する賛辞なのだ。
これに対し、武道館における
「しょこたんの煽り映像に対する観客の盛り上がり」は、
「宗教団体において、教祖が登場したときの盛り上がり」
と同質であると感じられた。
しょこたんの“映像”に対して賛辞の歓声が沸き上がる会場内で、私の脳裏に浮かんだ言葉は
「偶像崇拝」
の4文字である。そして、その2秒後に浮かんだ4文字は
「カリスマ」
会場空間の半分ぐらいが「しょこたんをカリスマとして崇拝している」という雰囲気だった。
あのとき私は「ハロプロ系のコンサートとは明らかに異質の空気」を呼吸していた。
「崇拝の対象」と「消費の対象」では、熱狂の質が異なるのは当然である。
似て非なる…ではなく、明らかに種類の異なる熱狂が、そこにはあった。
ハロプロの場合、愛理ヲタ(ヲタは蔑称として使用)は、愛理をカリスマとして崇めている訳ではない。
愛理ファン(ファンは普通の意味として使用)も、この点に関しては同じである。
ヲタもファンも使う「愛理推し」という自称は、「私は愛理の推薦者である」を根源とする。ここには、「推す者」と「推される者」という立場の違いこそあれ「愛理と私は基本的には同格」という水平意識が含まれている。
私自身、℃-uteのメンバーに対しては「ウチの子達」、ベリーズのメンバーに対しては「近所の子達(ウチの子達の同期)」という意識を抱いている。また、私自身が元々はモー娘。のファンだったことを考えると、私はハロプロ内アイドルグループの「消費者」であるとも表現できる。
これに対し、武道館でしょこたんの煽り映像を観て歓喜の声を上げていたファン達は、しょこたんを崇めているか、あるいは祀り上げているように感じた。
ただしその光景からは、「しょこたん教」という新興宗教の信者といった現代的な社会現象よりも、もっと原始的な、「巫女を崇める(祀り上げる)庶民の姿」という古代風景のような、どこか民族的既視感に近いイメージを受けた。
しょこたんのファンは、しょこたんを「アイドルという商品」として消費することを欲していない。
しょこたんのファンは、しょこたんが「日常を超越(逸脱)したカリスマ」であることを欲している。
彼らにとって、しょこたんとは、
「私たちが普段属しているクダラナイ日常から、楽しいお祭りの世界へ吊り上げてくれる力を持った、有り難き存在」
「私たちを導く者にして、私たちの理解者」
「私たちの仲間にして、芸能界という世界に住む選らばれし者」
なのではないだろうか。
また、しょこたん自身も、ハロプロのメンバーと比較すると、明らかに巫女的な性質を有している。
コンサートの終盤やアンコールの際のしょこたんは、明らかに情緒不安定というか挙動不審というか、ある程度の精神錯乱状態が認められる。現場で見ていると、「プロとしてそういう自分を演じている」のではなく、「医学的に脳波がおかしい状態になっている」としか思えない。
こういうキャラクターは、ハロプロにはいない。“嗣永プロ”こと桃子は、まさに対極の存在だと言えよう。かつての“美貴帝”ことミキティも、しょこたんのナチュラルハイ状態と比べたら、消費用に作られたネタキャラでしかない。
強いて言えば、私自身が、ごっちん(後藤真希)に対してカリスマを感じたことはあった。しかし、当のごっちんは熱くも冷静にプロのパフォーマンスを魅せているといった雰囲気であり、天然巫女と化しているわけではなかった。
しょこたんの場合は、見ていて「もしかしたら、しょこたんはステージ上でこのまま発狂するのではないか」という一抹の不安さえ感じてしまう。そして、しょこたん自身が「今、私は少し壊れかかっているのではないか」と不安を胸に秘めながら動いているように見えるときもある。
特撮ファンである私にとって、しょこたんは「かわいい後輩」だ。私の場合この感覚が、しょこたんに対する基本スタンスとなっている。20歳近い年齢差があるので、基本的にはハロプロと同様、俗に言う「上から目線」で見るのが当たり前のことなのだ。
一方、武道館の最大勢力であった若い女性客は、しょこたんと同世代か、より下の世代である。しょこたんが「消費の対象」ではなく「崇拝の対象」と成り得たのは、この年齢関係も大きく作用しているのだと思う。
思えば、私が中学生のときリアルタイムでファンだった松田聖子は、既に高校を卒業した社会人だった。
アイドルは10代なのに観客はオッサンばかりというハロプロのコンサート会場は、現代の歪んだアイドル市場を象徴している。
その一方で、年下の同性のファンを多数得ているしょこたんは、古き良き時代のアイドルの正統的な後継者という側面を持っている。
既に25才になっており、オタク丸出し、コンサートでも平気で変顔を決めてみせるしょこたんが、実績面では正統派アイドルという事実。何だか不思議な気がするが、これは本当のことなのだ。
会場 :日本武道館
公演日:2009年10月24日(土) 17:30〜
ちょうど1週間前に℃-uteのコンサートに行っていたこともあり、ハロプロ系のコンサートとの違いを痛感せざるを得なかった。
そのことはすぐ後で語るとして、実は最初に気になったのは、コンサート会場が異様に狭く感じられたことだった。日本武道館には過去ボクシングの世界戦を二度ほど観に来ているのだが、そのときと比べると広さが半分以下になっている印象を受けた。大袈裟に言えばJCBホールと大して変わらないような感覚で、とても1万人を収容できているとは思えなかった。
JCBホールも最初に行ったのはボクシングの興行だったけれど、後日しょこたんのコンサートで行ったときに狭くなっているとは感じなかった。これは、JCBホールがそもそもライブハウスとして造られているからだろう。
日本武道館はその名が示す通り、本来はコンサートを行う会場ではない。コンサートに適した構造にはなっていない。そのため、15000席が10000席に減ったことが、半減以上の減り具合に見えてしまったのだと思う。
アリーナ中央から見渡すと、客席自体は少なくとも90%以上埋まっているように見えたし(所謂ほぼ満席状態)、会場が狭く感じられることでタイトで濃密な空間感覚を味わえたので、結果的には良かったのだが。
さて、しょこたんのコンサートとハロプロ系のコンサートの違いに関してだが、客の半分が若い女性であるとか、コスプレしている客が目立つという点に関しては割愛する。ちなみに、私もコスプレ(上着と手袋のみの簡易バージョン)をするつもりで衣装を持って行ったのだが、雨が降っていたのでやめておいた。
今回のコンサート現場において、新たに気付いたハロプロとの相違点は、
ハロプロは、現場的には消費型のアイドルである。
しょこたんは、現場的には崇拝型のアイドルである。
ということだ。
今回は、コンサート開始直後に映し出される映像に「しょこたん本人」の映像が多用され(多分しょこたんのコンサートでは初めて)、いわゆる煽り映像っぽくなっていた。この映像が流されたときの会場の雰囲気が、ハロプロ系のコンサートの会場の雰囲気とは全く異なっていたのだ。これには、コンサート慣れ(ハロプロ系は50回以上、しょこたんは今回で8回目)している私も驚かされた。
ハロプロ系のコンサートでも、毎回のようにメンバー紹介の映像が流されており、それが煽り映像的な演出効果を果たしてはいる。しかしそれは既にパターン化された「盛り上がりセレモニー」であり、「お約束の世界」である。そして何よりも、そこにおける盛り上がりは、これから自分が行う「消費」に対する盛り上がりなのだ。
分かり易く例えると、
「ハロプロメンバーの煽り映像に対する観客の盛り上がり」は、
「クイズ番組において、クイズの前に商品が紹介されるときの盛り上がり」
と同質なのである。
「大型TVです」 「ワーッ」
「パジェロです」 「ワーッ」
という、アレと本質的には変わらない、消費対象に対する賛辞なのだ。
これに対し、武道館における
「しょこたんの煽り映像に対する観客の盛り上がり」は、
「宗教団体において、教祖が登場したときの盛り上がり」
と同質であると感じられた。
しょこたんの“映像”に対して賛辞の歓声が沸き上がる会場内で、私の脳裏に浮かんだ言葉は
「偶像崇拝」
の4文字である。そして、その2秒後に浮かんだ4文字は
「カリスマ」
会場空間の半分ぐらいが「しょこたんをカリスマとして崇拝している」という雰囲気だった。
あのとき私は「ハロプロ系のコンサートとは明らかに異質の空気」を呼吸していた。
「崇拝の対象」と「消費の対象」では、熱狂の質が異なるのは当然である。
似て非なる…ではなく、明らかに種類の異なる熱狂が、そこにはあった。
ハロプロの場合、愛理ヲタ(ヲタは蔑称として使用)は、愛理をカリスマとして崇めている訳ではない。
愛理ファン(ファンは普通の意味として使用)も、この点に関しては同じである。
ヲタもファンも使う「愛理推し」という自称は、「私は愛理の推薦者である」を根源とする。ここには、「推す者」と「推される者」という立場の違いこそあれ「愛理と私は基本的には同格」という水平意識が含まれている。
私自身、℃-uteのメンバーに対しては「ウチの子達」、ベリーズのメンバーに対しては「近所の子達(ウチの子達の同期)」という意識を抱いている。また、私自身が元々はモー娘。のファンだったことを考えると、私はハロプロ内アイドルグループの「消費者」であるとも表現できる。
これに対し、武道館でしょこたんの煽り映像を観て歓喜の声を上げていたファン達は、しょこたんを崇めているか、あるいは祀り上げているように感じた。
ただしその光景からは、「しょこたん教」という新興宗教の信者といった現代的な社会現象よりも、もっと原始的な、「巫女を崇める(祀り上げる)庶民の姿」という古代風景のような、どこか民族的既視感に近いイメージを受けた。
しょこたんのファンは、しょこたんを「アイドルという商品」として消費することを欲していない。
しょこたんのファンは、しょこたんが「日常を超越(逸脱)したカリスマ」であることを欲している。
彼らにとって、しょこたんとは、
「私たちが普段属しているクダラナイ日常から、楽しいお祭りの世界へ吊り上げてくれる力を持った、有り難き存在」
「私たちを導く者にして、私たちの理解者」
「私たちの仲間にして、芸能界という世界に住む選らばれし者」
なのではないだろうか。
また、しょこたん自身も、ハロプロのメンバーと比較すると、明らかに巫女的な性質を有している。
コンサートの終盤やアンコールの際のしょこたんは、明らかに情緒不安定というか挙動不審というか、ある程度の精神錯乱状態が認められる。現場で見ていると、「プロとしてそういう自分を演じている」のではなく、「医学的に脳波がおかしい状態になっている」としか思えない。
こういうキャラクターは、ハロプロにはいない。“嗣永プロ”こと桃子は、まさに対極の存在だと言えよう。かつての“美貴帝”ことミキティも、しょこたんのナチュラルハイ状態と比べたら、消費用に作られたネタキャラでしかない。
強いて言えば、私自身が、ごっちん(後藤真希)に対してカリスマを感じたことはあった。しかし、当のごっちんは熱くも冷静にプロのパフォーマンスを魅せているといった雰囲気であり、天然巫女と化しているわけではなかった。
しょこたんの場合は、見ていて「もしかしたら、しょこたんはステージ上でこのまま発狂するのではないか」という一抹の不安さえ感じてしまう。そして、しょこたん自身が「今、私は少し壊れかかっているのではないか」と不安を胸に秘めながら動いているように見えるときもある。
特撮ファンである私にとって、しょこたんは「かわいい後輩」だ。私の場合この感覚が、しょこたんに対する基本スタンスとなっている。20歳近い年齢差があるので、基本的にはハロプロと同様、俗に言う「上から目線」で見るのが当たり前のことなのだ。
一方、武道館の最大勢力であった若い女性客は、しょこたんと同世代か、より下の世代である。しょこたんが「消費の対象」ではなく「崇拝の対象」と成り得たのは、この年齢関係も大きく作用しているのだと思う。
思えば、私が中学生のときリアルタイムでファンだった松田聖子は、既に高校を卒業した社会人だった。
アイドルは10代なのに観客はオッサンばかりというハロプロのコンサート会場は、現代の歪んだアイドル市場を象徴している。
その一方で、年下の同性のファンを多数得ているしょこたんは、古き良き時代のアイドルの正統的な後継者という側面を持っている。
既に25才になっており、オタク丸出し、コンサートでも平気で変顔を決めてみせるしょこたんが、実績面では正統派アイドルという事実。何だか不思議な気がするが、これは本当のことなのだ。
Wドライバーを2個買ってしまった場合の注意点(ベルトの交換、ウエスト調整に関して)
Wドライバーを2個買ってしまった場合の注意点(ベルトの交換、ウエスト調整に関して)
『仮面ライダーW』の主力商品であるWドライバー。つい最近まで、店頭では品切れ状態が続いていた。
何らかの理由で、このWドライバーを2個買わざるを得なくなった人は、私だけではない筈だ。
その場合、ついでだからベルトを左右ともRタイプに交換し、マキシマムスロットを左右一対とするのは誰でもやることだろう。


ここまでは、特に注意するべき点はない。
注意すべき点は、ウエストが太くて普通にベルトを巻くことが出来ない人が行う工夫にある。
ベルトを切る必要は、多分ない。

ベルト端の穴が無い部分にパンチ等で穴を開け、そこにゴムを通した方が安定すると思う。ベルトを切るのは、それを試してからでも遅くない。
伝えたかった注意点は以上。
ここからは、オマケ。
ベルトが1個しかなくても、ベルトを持っている友達がいれば絶対にやるであろう、「ジョーカージョーカー」。

同様に、ダブルマキシマムドライブ。『クウガ』のアークルのようなステレオが楽しめる。

「サイクロンサイクロン」等は、待機音(高まり音)が同じなのでそれほどでもない?けれど、「ジョーカーメタル」のような組み合わせはステレオ感バリバリで高まるよね!
『仮面ライダーW』の主力商品であるWドライバー。つい最近まで、店頭では品切れ状態が続いていた。
何らかの理由で、このWドライバーを2個買わざるを得なくなった人は、私だけではない筈だ。
その場合、ついでだからベルトを左右ともRタイプに交換し、マキシマムスロットを左右一対とするのは誰でもやることだろう。


ここまでは、特に注意するべき点はない。
注意すべき点は、ウエストが太くて普通にベルトを巻くことが出来ない人が行う工夫にある。
ベルトを切る必要は、多分ない。

ベルト端の穴が無い部分にパンチ等で穴を開け、そこにゴムを通した方が安定すると思う。ベルトを切るのは、それを試してからでも遅くない。
伝えたかった注意点は以上。
ここからは、オマケ。
ベルトが1個しかなくても、ベルトを持っている友達がいれば絶対にやるであろう、「ジョーカージョーカー」。

同様に、ダブルマキシマムドライブ。『クウガ』のアークルのようなステレオが楽しめる。

「サイクロンサイクロン」等は、待機音(高まり音)が同じなのでそれほどでもない?けれど、「ジョーカーメタル」のような組み合わせはステレオ感バリバリで高まるよね!
『ディケイド』の最終話で不適切だったのは表現方法ではなく、TV作品としての手法そのものである
『ディケイド』の最終話で不適切だったのは表現方法ではなく、TV作品としての手法そのものである
テレビ朝日の社長が、『ディケイド』の最終話に関して「表現方法として不適切だった」と発言したという記事(読売新聞のオンライン記事:「仮面ライダー」幕切れ、続きは映画なんて…)を見つけた。
それを読んで私は、「日本のテレビ会社の社長は、皆同じで頓智が利かないなぁ」と思った。
私がテレビ朝日の社長だったら、
「あの終わらせ方は視聴者、特に小さなお子さんの期待を裏切るものだった。TVシリーズはTV番組内で完結させるべきだった」
と言っちゃうけどな。それが例え、事前に行われた役員会で決められた答弁の内容とは異なるものだとしても。
社長なんだからさぁ、「失敬失敬、つい個人的本音が出てしまいました」とか言って後で役員に弁解すればイイじゃん。株主からの評価は上がると思うよ。
TV版『ディケイド』の視聴者の中には、CM商品を1つも買わずに見ていた人もいるだろう。タダで見ていた人が「最終話もタダで見せろ」と言うのは勝手だが、それは保障されるべき権利ではない。
しかし、主力玩具であるディケイドライバーとライドブッカーを合わせて買ったような「ディケイドのファン」に対しては、テレビ朝日は最終話を無料で提供する倫理的責任があるのではないか。
だから、普通に考えれば、以下が正道だったと思う。
(1)TV版『ディケイド』から“BLACK編”と“アマゾン編”を除くか大幅に削り(回想シーンや台詞で語られるだけ)、その分の時間で“最終編”を描き、TVシリーズを完結させる。
(2)冬の劇場版は、『W』と『ディケイド』の2本立てとする。『W』はW誕生の物語、『ディケイド』は、“BLACK編”と“アマゾン編”を中心にした、昭和ライダーの世界の物語にする。
企業の本質は、最大利潤の追求である。
とは言うものの、あこぎな手法を用いれば、顧客を失う。今回の場合、せっかく振り返ってくれた“仮面ライダー卒業生”、俗に言う“大きな(大きくなった)お友達”からソッポを向かれる危険性が高い。
『ディケイド』の劇場版の興行収入は同系統の中では過去最高だったらしいが、それは“大きなお友達”の寄与もそれなりにあった思う。夏の劇場版に関しては、私は毎年1回しか劇場に脚を運んでいないけれど、今回は明らかにいつもより男性客の年齢層が広かったもんな。
まぁ、私は普通にWの前日譚(W誕生秘話)を観たいから、前売り券を買ったけどね。
当然ながら、前売り特典は“Wのみバージョン”を選択しましたとさ。

テレビ朝日の社長が、『ディケイド』の最終話に関して「表現方法として不適切だった」と発言したという記事(読売新聞のオンライン記事:「仮面ライダー」幕切れ、続きは映画なんて…)を見つけた。
それを読んで私は、「日本のテレビ会社の社長は、皆同じで頓智が利かないなぁ」と思った。
私がテレビ朝日の社長だったら、
「あの終わらせ方は視聴者、特に小さなお子さんの期待を裏切るものだった。TVシリーズはTV番組内で完結させるべきだった」
と言っちゃうけどな。それが例え、事前に行われた役員会で決められた答弁の内容とは異なるものだとしても。
社長なんだからさぁ、「失敬失敬、つい個人的本音が出てしまいました」とか言って後で役員に弁解すればイイじゃん。株主からの評価は上がると思うよ。
TV版『ディケイド』の視聴者の中には、CM商品を1つも買わずに見ていた人もいるだろう。タダで見ていた人が「最終話もタダで見せろ」と言うのは勝手だが、それは保障されるべき権利ではない。
しかし、主力玩具であるディケイドライバーとライドブッカーを合わせて買ったような「ディケイドのファン」に対しては、テレビ朝日は最終話を無料で提供する倫理的責任があるのではないか。
だから、普通に考えれば、以下が正道だったと思う。
(1)TV版『ディケイド』から“BLACK編”と“アマゾン編”を除くか大幅に削り(回想シーンや台詞で語られるだけ)、その分の時間で“最終編”を描き、TVシリーズを完結させる。
(2)冬の劇場版は、『W』と『ディケイド』の2本立てとする。『W』はW誕生の物語、『ディケイド』は、“BLACK編”と“アマゾン編”を中心にした、昭和ライダーの世界の物語にする。
企業の本質は、最大利潤の追求である。
とは言うものの、あこぎな手法を用いれば、顧客を失う。今回の場合、せっかく振り返ってくれた“仮面ライダー卒業生”、俗に言う“大きな(大きくなった)お友達”からソッポを向かれる危険性が高い。
『ディケイド』の劇場版の興行収入は同系統の中では過去最高だったらしいが、それは“大きなお友達”の寄与もそれなりにあった思う。夏の劇場版に関しては、私は毎年1回しか劇場に脚を運んでいないけれど、今回は明らかにいつもより男性客の年齢層が広かったもんな。
まぁ、私は普通にWの前日譚(W誕生秘話)を観たいから、前売り券を買ったけどね。
当然ながら、前売り特典は“Wのみバージョン”を選択しましたとさ。

仮面ライダーの予算が全40話で20億円ですって?
仮面ライダーの予算が全40話で20億円ですって?
全40話のTV番組としての仮面ライダーの予算が、20億円。
『仮面ライダー龍騎』のアメリカ版リメイク作品、『KAMEN RIDER DRAGON KNIGHT』の話である。全40話で20億円かけるということは、単純に割ると1話当たり5000万円となる。
『KAMEN RIDER DRAGON KNIGHT』の記事を読んで最初に思ったのは
「予算20億円もかけるなら、TVじゃなくて映画にしてくれよ!」
ということだ。
20億円という予算は、スパイダーマンやバットマンといったハリウッドのヒーロー映画には遠く及ばないものの、特撮邦画の中では最高クラスとなる。
予算20億円のアメリカ劇場版『仮面ライダー龍騎』。
俳優のギャラを抑えれば、そこそこの出来が期待できるだろう。当然、スーツは全部(と言っても、リュウガ・インペラー・オルタナティブは要らない)新作で、日本版よりもクオリティが高くなっていてカッコ良さ3割増しで…
…とか、空想してしまう。
しかし、改めて総予算という数字を見せられると「TV番組に20億円もかけて、一体どうやって回収する(利益を出す)のだろう?」と思ってしまう。
日本同様、Vバックルや召還機の玩具を売り出すのだろうか?
それとも、玩具とは無関係のスポンサーがカネを出してくれるのだろうか?
多分、DVDはスポンサー云々とは関係なく、普通に売り出されるとは思うが。
フィギュアも出そうな気がする…
そう言えば、日本の仮面ライダーはどうなんだろう?
全52話で20億円だとすると、1話当たり約3850万円。
もう少し安くて1話当たり3000万円だとすると、52話で15億6000万円。
1話の単価がアメリカ版の半額=2500万円だとすると、52話で13億万円。
一方、売り上げに関しては、バンダイがキャラクター商品の売り上げデータを公表しているので、そこから想像を膨らませることが出来る。
『クウガ』以降、仮面ライダーは「商品売上100億円達成すれば人気作」だと私は思っている。
実際に金を払って関連商品を購入するということは、その作品が本当に好きであることの証明であるからだ。誰でもそうだと思うが「TVを観てはいるが、本当に好きというわけではない」という作品の商品は、まず買わない。そういう作品のDVDを、何千円も支払ってまで買おうとは思わない。
売り上げの低かった仮面ライダーも、端的に言えばそういうことなのだ。
ここで、変身ベルトと主力武装の玩具の合計価格が、仮に1万円だとする。
100億円÷1万円=100万。
つまり、100万人が変身ベルトと主力武装の玩具をセットで買えば、それだけで「商品売上100億円達成」が可能なわけだ。
仮に世帯視聴率の全国平均が8.0%の場合、全国総世帯数を約5110万世帯とすると、約409万世帯が視聴していることになる。この場合、視聴世帯の4世帯に1つがメイン玩具セットを買えば人気作ということになる。
視聴率が4.0%であっても、視聴世帯の2つに1つがメイン玩具セットを買えば同様である。
視聴率が4.0%の約200万世帯、商品を買うのは4世帯人に1人の約50万世帯であったとしても、1世帯当たり2万円分の玩具を買っていれば、やはり同様である。
もっとも実際には、玩具だけではなくDVDの売り上げもあるわけだから「玩具を1万円(または2万円)買う視聴世帯」は、100万世帯(または50万世帯)もいなくても大丈夫である。
近年少子化が進み、昭和ライダーブームのような20%超の高視聴率は望めないため、特撮番組のスポンサーである玩具メーカーは、主に顧客単価を上げる方向で商品を展開していると思う。戦隊ロボの追加合体メカや、2号ロボ、3号ロボ…がその代表例だろう。
私は、戦隊ものの玩具は「変身アイテム+1号ロボ」の基本セットを上限にしようとしているのだが、そういう顧客が多数派なのか少数派なのか気になるところだ。玩具メーカーの「物量作戦」は、一体どの程度功を奏しているのだろうか?
更に押し進めて、ライダーや戦隊の売り上げの内訳(セグメント)も気になるところなのだが、その手のデータを見た記憶がない。仮面ライダーの年間の総売り上げ100億円のうち、変身ベルトの売り上げは何%なのか、DVDの売り上げは何%なのか?
更に、そのPOSデータによる客層区分による内訳、
子供( 〜15歳)
若者(16〜25歳)
成年(26〜50歳)
熟年(51歳〜)
※上記の男性・女性、合わせて8区分
更に、TV視聴率の視聴者層の区分
C層(4〜12歳の男女)
T層(13〜19歳の男女)
F1層(20〜34歳の女性)
F2層(35〜49歳の女性)
F3層(50歳以上の女性)
M1層(20〜34歳の男性)
M2層(35〜49歳の男性)
M3層(50歳以上の男性)
※上記8区分
ごとの視聴率との一致度または乖離度などを知ることが出来たら、面白いと思う。
ちなみに私は後数年で、POSデータでも視聴率でも最後の区分に入ってしまう。1号ライダーリアルタイム世代も歳を取ったものだ。
仮面ライダーも戦隊ものも、商業作品である。採算が取れなくなれば、採算が取れるように内容を大きく変えるだろうし、それでもダメなら消えてなくなる。
『特撮の未来に関して【野望編】』で書いたように、特撮作品が有料視聴という方向で発展していく道や、『特撮の未来に関して【現実編】』で書いたように、ディジタル化による双方向性を生かす仕様に変わっていく可能性も考えられる。
『KAMEN RIDER DRAGON KNIGHT』のような、輸出したもの(リメイクされたもの)を逆輸入するというパターンも、今後定番になるかも知れない。あるいは、逆に「輸入した特撮番組を日本側でリメイクする」というパターンも生まれるかも知れない。
10年後には、「M3層(50歳以上の男性)向けの特撮」マーケットが確立し、「玩具の物量作戦がない、昔ながらの特撮番組」が有料で視聴出来るようになっていると嬉しいのだが。
全40話のTV番組としての仮面ライダーの予算が、20億円。
『仮面ライダー龍騎』のアメリカ版リメイク作品、『KAMEN RIDER DRAGON KNIGHT』の話である。全40話で20億円かけるということは、単純に割ると1話当たり5000万円となる。
『KAMEN RIDER DRAGON KNIGHT』の記事を読んで最初に思ったのは
「予算20億円もかけるなら、TVじゃなくて映画にしてくれよ!」
ということだ。
20億円という予算は、スパイダーマンやバットマンといったハリウッドのヒーロー映画には遠く及ばないものの、特撮邦画の中では最高クラスとなる。
予算20億円のアメリカ劇場版『仮面ライダー龍騎』。
俳優のギャラを抑えれば、そこそこの出来が期待できるだろう。当然、スーツは全部(と言っても、リュウガ・インペラー・オルタナティブは要らない)新作で、日本版よりもクオリティが高くなっていてカッコ良さ3割増しで…
…とか、空想してしまう。
しかし、改めて総予算という数字を見せられると「TV番組に20億円もかけて、一体どうやって回収する(利益を出す)のだろう?」と思ってしまう。
日本同様、Vバックルや召還機の玩具を売り出すのだろうか?
それとも、玩具とは無関係のスポンサーがカネを出してくれるのだろうか?
多分、DVDはスポンサー云々とは関係なく、普通に売り出されるとは思うが。
フィギュアも出そうな気がする…
そう言えば、日本の仮面ライダーはどうなんだろう?
全52話で20億円だとすると、1話当たり約3850万円。
もう少し安くて1話当たり3000万円だとすると、52話で15億6000万円。
1話の単価がアメリカ版の半額=2500万円だとすると、52話で13億万円。
一方、売り上げに関しては、バンダイがキャラクター商品の売り上げデータを公表しているので、そこから想像を膨らませることが出来る。
『クウガ』以降、仮面ライダーは「商品売上100億円達成すれば人気作」だと私は思っている。
実際に金を払って関連商品を購入するということは、その作品が本当に好きであることの証明であるからだ。誰でもそうだと思うが「TVを観てはいるが、本当に好きというわけではない」という作品の商品は、まず買わない。そういう作品のDVDを、何千円も支払ってまで買おうとは思わない。
売り上げの低かった仮面ライダーも、端的に言えばそういうことなのだ。
ここで、変身ベルトと主力武装の玩具の合計価格が、仮に1万円だとする。
100億円÷1万円=100万。
つまり、100万人が変身ベルトと主力武装の玩具をセットで買えば、それだけで「商品売上100億円達成」が可能なわけだ。
仮に世帯視聴率の全国平均が8.0%の場合、全国総世帯数を約5110万世帯とすると、約409万世帯が視聴していることになる。この場合、視聴世帯の4世帯に1つがメイン玩具セットを買えば人気作ということになる。
視聴率が4.0%であっても、視聴世帯の2つに1つがメイン玩具セットを買えば同様である。
視聴率が4.0%の約200万世帯、商品を買うのは4世帯人に1人の約50万世帯であったとしても、1世帯当たり2万円分の玩具を買っていれば、やはり同様である。
もっとも実際には、玩具だけではなくDVDの売り上げもあるわけだから「玩具を1万円(または2万円)買う視聴世帯」は、100万世帯(または50万世帯)もいなくても大丈夫である。
近年少子化が進み、昭和ライダーブームのような20%超の高視聴率は望めないため、特撮番組のスポンサーである玩具メーカーは、主に顧客単価を上げる方向で商品を展開していると思う。戦隊ロボの追加合体メカや、2号ロボ、3号ロボ…がその代表例だろう。
私は、戦隊ものの玩具は「変身アイテム+1号ロボ」の基本セットを上限にしようとしているのだが、そういう顧客が多数派なのか少数派なのか気になるところだ。玩具メーカーの「物量作戦」は、一体どの程度功を奏しているのだろうか?
更に押し進めて、ライダーや戦隊の売り上げの内訳(セグメント)も気になるところなのだが、その手のデータを見た記憶がない。仮面ライダーの年間の総売り上げ100億円のうち、変身ベルトの売り上げは何%なのか、DVDの売り上げは何%なのか?
更に、そのPOSデータによる客層区分による内訳、
子供( 〜15歳)
若者(16〜25歳)
成年(26〜50歳)
熟年(51歳〜)
※上記の男性・女性、合わせて8区分
更に、TV視聴率の視聴者層の区分
C層(4〜12歳の男女)
T層(13〜19歳の男女)
F1層(20〜34歳の女性)
F2層(35〜49歳の女性)
F3層(50歳以上の女性)
M1層(20〜34歳の男性)
M2層(35〜49歳の男性)
M3層(50歳以上の男性)
※上記8区分
ごとの視聴率との一致度または乖離度などを知ることが出来たら、面白いと思う。
ちなみに私は後数年で、POSデータでも視聴率でも最後の区分に入ってしまう。1号ライダーリアルタイム世代も歳を取ったものだ。
仮面ライダーも戦隊ものも、商業作品である。採算が取れなくなれば、採算が取れるように内容を大きく変えるだろうし、それでもダメなら消えてなくなる。
『特撮の未来に関して【野望編】』で書いたように、特撮作品が有料視聴という方向で発展していく道や、『特撮の未来に関して【現実編】』で書いたように、ディジタル化による双方向性を生かす仕様に変わっていく可能性も考えられる。
『KAMEN RIDER DRAGON KNIGHT』のような、輸出したもの(リメイクされたもの)を逆輸入するというパターンも、今後定番になるかも知れない。あるいは、逆に「輸入した特撮番組を日本側でリメイクする」というパターンも生まれるかも知れない。
10年後には、「M3層(50歳以上の男性)向けの特撮」マーケットが確立し、「玩具の物量作戦がない、昔ながらの特撮番組」が有料で視聴出来るようになっていると嬉しいのだが。
℃-uteコンサートツアー2009夏秋 〜キューティーJUMP!〜
℃-uteコンサートツアー2009夏秋 〜キューティーJUMP!〜
会場 :中野サンプラザ
公演日:2009年10月17日(土) 14:30〜&18:30〜
私にしては珍しく、同日の昼夜公演両方を鑑賞した。9月12日の市川市文化会館の公演にも行っているので、同ツアーに3度足を運んだことになる。これも私としては異例だ。
中野サンプラザの昼公演はファミリー席(2階席3列目)だったため、視界は良好。やはり、ファミリー席の客はマナーが良い。暴れる客どころか、サイリウムを高く掲げて振っている客すら、私の視界にはほとんどいなかった(私は、自分の胸元でサイリウムを振っていた)。おかげで、ステージ上の℃-uteのパフォーマンスに集中することが出来た。
これから℃-uteのコンサートに行こうと思っている人は、先ずはファミリー席から始めることをお勧めする。
マナーの悪い客が減ったのは、やはり禁止条項が効いているのだと思う。サインボード、スケッチブック、高輝度サイリウム、大きなサイズのサイリウム類の使用禁止は、ルールとして定着した感がある。後は、
(1)通常サイズのサイリウムを何本も束ねて扇状にして使用することを禁止
(2)曲調と無関係に行うジャンプを禁止
すれば、更に良くなる。
(1)なんか私の見た範囲では、1公演約2000人の中で僅か1、2人しかいない。サイリウムなんか、片手に1本で十分だろう。
この件に関しては、ファンクラブに電話やメールで伝えるつもりだ。
今ツアーを以って、えりか(梅田えりか)が℃-uteおよびハロプロを卒業するので、3公演ともえりかを中心にして鑑賞した。
『梅田えりかが℃-uteとハロプロを卒業する件に関して』でも書いた通り、「肌を露出していない時は色っぽさが、肌を露出している時は綺麗さが前面に出る」ことを再確認できた。
中野サンプラザの夜公演は、いわゆるO列で、本当に前から3列目だった。過去最も前方だったのは、ごっちんの松戸公演での2列目だが、それに次ぐ近さ。
ここまで近いと、ステージ上のメンバーとは全くと言って良いほど目が合わない。モー娘。やベリーズは知らないけれど、℃-uteのメンバーは本当に最前列付近を見ないし、煽らない。これは私にとっては非常に有り難かった。私は、個人的に会話を交わしているとき以外に他人と目が合うことを大の苦手としているのだ。
ステージ上のメンバーがこっちを見ていないので、私も気兼ねなく、えりかに視線を集中させることが出来た。
えりかがステージの端っこに行ってしまうと、3列目の私からはほぼ死角に入ってしまうので、やむなく視線をステージ中央に戻すと、舞美や愛理が間の前でガンガン踊っていてビックリすることが何度もあった。もちろん、舞美や愛理はこっちを見ていない(50m先を見ているような感じ)ので、気まずい思いをすることはない。
私の斜め前の席の客(2列目および1列目)は、時折ではあるが全くタイミングを外した過度な推しジャンプをしていた(桜チラリでも唐突に跳び始めたのには流石に呆れた)が、メンバーは誰一人として反応していなかった。一体何のためにジャンプしていたのかは知らないが、哀れを通り越して滑稽だった。
今回は私の斜め前だったので注意しなかった(被害もほとんどなかった)が、もし私の目の前でやったら、着地の瞬間に僧帽筋を優しく押さえ込んで止めていたところだ。
今回は、公演前も公演中も、誰にも注意をしなくて済んだ。
次のハロプロのコンサートは、11月のベリーズである。
この調子で、気持ち良くコンサートを楽しみたい。
会場 :中野サンプラザ
公演日:2009年10月17日(土) 14:30〜&18:30〜
私にしては珍しく、同日の昼夜公演両方を鑑賞した。9月12日の市川市文化会館の公演にも行っているので、同ツアーに3度足を運んだことになる。これも私としては異例だ。
中野サンプラザの昼公演はファミリー席(2階席3列目)だったため、視界は良好。やはり、ファミリー席の客はマナーが良い。暴れる客どころか、サイリウムを高く掲げて振っている客すら、私の視界にはほとんどいなかった(私は、自分の胸元でサイリウムを振っていた)。おかげで、ステージ上の℃-uteのパフォーマンスに集中することが出来た。
これから℃-uteのコンサートに行こうと思っている人は、先ずはファミリー席から始めることをお勧めする。
マナーの悪い客が減ったのは、やはり禁止条項が効いているのだと思う。サインボード、スケッチブック、高輝度サイリウム、大きなサイズのサイリウム類の使用禁止は、ルールとして定着した感がある。後は、
(1)通常サイズのサイリウムを何本も束ねて扇状にして使用することを禁止
(2)曲調と無関係に行うジャンプを禁止
すれば、更に良くなる。
(1)なんか私の見た範囲では、1公演約2000人の中で僅か1、2人しかいない。サイリウムなんか、片手に1本で十分だろう。
この件に関しては、ファンクラブに電話やメールで伝えるつもりだ。
今ツアーを以って、えりか(梅田えりか)が℃-uteおよびハロプロを卒業するので、3公演ともえりかを中心にして鑑賞した。
『梅田えりかが℃-uteとハロプロを卒業する件に関して』でも書いた通り、「肌を露出していない時は色っぽさが、肌を露出している時は綺麗さが前面に出る」ことを再確認できた。
中野サンプラザの夜公演は、いわゆるO列で、本当に前から3列目だった。過去最も前方だったのは、ごっちんの松戸公演での2列目だが、それに次ぐ近さ。
ここまで近いと、ステージ上のメンバーとは全くと言って良いほど目が合わない。モー娘。やベリーズは知らないけれど、℃-uteのメンバーは本当に最前列付近を見ないし、煽らない。これは私にとっては非常に有り難かった。私は、個人的に会話を交わしているとき以外に他人と目が合うことを大の苦手としているのだ。
ステージ上のメンバーがこっちを見ていないので、私も気兼ねなく、えりかに視線を集中させることが出来た。
えりかがステージの端っこに行ってしまうと、3列目の私からはほぼ死角に入ってしまうので、やむなく視線をステージ中央に戻すと、舞美や愛理が間の前でガンガン踊っていてビックリすることが何度もあった。もちろん、舞美や愛理はこっちを見ていない(50m先を見ているような感じ)ので、気まずい思いをすることはない。
私の斜め前の席の客(2列目および1列目)は、時折ではあるが全くタイミングを外した過度な推しジャンプをしていた(桜チラリでも唐突に跳び始めたのには流石に呆れた)が、メンバーは誰一人として反応していなかった。一体何のためにジャンプしていたのかは知らないが、哀れを通り越して滑稽だった。
今回は私の斜め前だったので注意しなかった(被害もほとんどなかった)が、もし私の目の前でやったら、着地の瞬間に僧帽筋を優しく押さえ込んで止めていたところだ。
今回は、公演前も公演中も、誰にも注意をしなくて済んだ。
次のハロプロのコンサートは、11月のベリーズである。
この調子で、気持ち良くコンサートを楽しみたい。
『仮面ライダーW』メモ
『仮面ライダーW』メモ
第5話、第6話が収録されたDVDを買うこと。第6話が感動的だったから。Wが最後まで少女の夢を守りきったシーンには、思わずウルッときた。翔太郎の最後のナレーションも“ハーフ”ボイルドで良かった。
そうそう、Wのボディのデザイン、どこかで見たことがあると思ったら、ロボット刑事Kに似ているんだな。
第5話、第6話が収録されたDVDを買うこと。第6話が感動的だったから。Wが最後まで少女の夢を守りきったシーンには、思わずウルッときた。翔太郎の最後のナレーションも“ハーフ”ボイルドで良かった。
そうそう、Wのボディのデザイン、どこかで見たことがあると思ったら、ロボット刑事Kに似ているんだな。

