2008-10

力こぶ作ったときの上腕周り35cm(身長175cm×0.2)を目標に頑張るぞ!

力こぶ作ったときの上腕周り35cm
        (身長175cm×0.2)を目標に頑張るぞ!

 現在33cmなり!
20081015ピーク
 上腕周りを、腹囲メジャーを使って測定しております。

 ちなみに、普通に伸ばした状態では28cm。
20081015ナチュラル
 右腕の写真を、ポケットデジカメ(OLYMPUS μ830)を使って左手で撮るのはムズいわ〜。

 上腕の鍛え方に関しては、この6年間で、ちょびっとずつだが進歩している。大まかなイメージで書くと、以下の通り。

最初の1年間…
 漠然と、アームカール(ダンベル)とプッシュアップ。
 ただし、それぞれ上腕二頭筋と三頭筋に効かせるフォームを意識し、ストリクトにやっていた。アームカールとプッシュアップをスーパーセットでやるなどの変化もつけてみた。ただし、二頭筋の長頭とか短頭とかは、全然意識していなかった(知らなかった)。
 それでも最初の一年間は、バルクアップがあり、少し腕が太くなったと思う。

2年目から3年目頃まで…
 メニューにハンマーカールを加えた。
 アームカールにツイスト(スピネイト)を入れるようにした。
 ところが、アームカール(ダンベル)の負荷を重くしていく過程で、背中を痛めてしまった(うつむき加減で収縮をフィニッシュさせていたため)。回復後、軽めのメニューを週2回やるも、バルクアップせず、やる気が薄れる。

4年目…「腕はもうこれ以上太くならない」と諦め気分になり、腕のトレーニングが疎かになる。

5年目…二頭筋に長頭と短頭があることを知り、腕のメニューを長頭用と短頭用に分ける。
 ◆長頭用:インクライン・ハンマーカール
 ◆短頭用:スライドカール(ダンベル)
 これだと確かに長頭と短頭を意識できる。
 バルクアップは起こらなかったが、どこかに問題解決の方法があるように思えてモチベーションはむしろ上がった。

6年目(現在)…
 胸と腕のトレーニングを同日に行うようになった(胸終了後、即腕)。
 背中と腕のトレーニングを同日に行うようになった(背中終了後、即腕)。
 つまり、週2回、追い込んだ内容で行う。
 現在の腕のメニューは、以下の通り。

A:胸の日に行う
 ◆インクライン・ハンマーカール(長頭)
 ◆狭いグリップでのバーベル・アームカール(短頭の外側)
 ◆ハンマーカール(上腕筋)
 ◆ベンチを使ったディップス(三頭筋)

B:背中の日に行う
 ◆二頭筋で上げる懸垂(良く分からないが、二頭筋全体がバーンする感じが得られる)
 ◆ベンチを使ったディップス(三頭筋)

 個人的に新しい発見だったのは、狭いグリップでのバーベル・アームカールと、二頭筋で上げる懸垂。
 アームカールは5年以上、ずっとダンベルでやっていたので、グリップの幅を完全に固定して行えるバーベルカールからは「短頭の外側がバーンする」という新しい感覚が得られた。
 背中で上げる懸垂の後に、二頭筋で上げる懸垂をやると、1回も上がらないという事実にもビックリした。背中で上げる懸垂であっても、二頭筋が相当疲労している証拠である。この場合、ネガティブオンリーでやるしかない。「二頭筋で上げる懸垂」ならぬ「二頭筋で下がる懸垂」なわけだが、それでも二頭筋全体がパンパンになる感覚が得られる。
 確かに約61kgの体重の大部分がかかるわけだから、ウェイトプレートを使ったカール類(最大でも片腕で10kg)よりも負荷は遥かに大きい。しかも、背中は既に十分温まっているので、背中を痛めるリスクが小さい。

 とりあえず、力こぶ作ったときの上腕周りが35cm(身長175cm×0.2)になることを目指す。
 果たして、2cm増やすのにどれ程の年月がかかるのだろうか?
 …。それは、神様にも分からない。

筋トレのローテーション(2008年内)

筋トレのローテーション(2008年内)


 前の記事(『ハードゲイナーである俺の上腕二頭筋や三頭筋も、48時間で回復しているかも?』)で書いた通り、腕を中1日で鍛えるローテーションを考えてみた。(ローテーションをイメージしやすくするため、3週間分を表示)
理想のローテーション?

 自分としては、腕に限らず全体的にかなり理想的なローテーションになっていると思う。しかし、いきなりこのローテーションを実行することは無理なので、現時点で実現可能な妥協点を探ってみた。それが、これ。
当面のローテーション

 理想と比較すると緩い感じは否めないが、怪我のリスクを考慮すると、これが現時点での最善策だと思う。正直言って、これでも今の自分にとっては、かなり厳しい。金曜日に胸と首のメニューをこなして、土曜日にコンサートや映画に行ったりしたら、日曜日は完全に休まないと疲労が蓄積してしまうだろう。
 年内は、とにかく「腕を週2回」・「胸を週2回」最優先させ、実行したい。

ハードゲイナーである俺の上腕二頭筋や三頭筋も、48時間で回復しているかも?

ハードゲイナーである俺の上腕二頭筋や三頭筋も、48時間で回復しているかも?


 ネットで調べると、「上腕二頭筋や三頭筋は48時間で回復する」とか書いてある。私はそういう記述を見るたびに、
「それは、ノーマルゲイナーやイージーゲイナーの話だよね。私みたいなハードゲイナーにとっては、中1日のトレーニングで筋肥大が起きるなんて、夢のまた夢なのよね…」
と“遠くを見る眼”になっていた。

 ちなみに、ハードゲイナーとは「トレーニングをしてもなかなか筋肉が付かない体質の人」のことである。ノーマルゲイナーは普通の人、イージーゲイナーは「トレーニングをすると見る見る筋肉が付く体質の人」である。
(ハードゲイナーとイージーゲイナーの差はどこから生じるのか? 端的に言えば、「食物の消化吸収能力」の差、および「筋肉の合成回復能力」の差だ)

 私は以前、上腕二頭筋と三頭筋に関しては週2回トレーニングしていたのだが、全くと言って良いほど筋肥大が起きなかった。そのため、週2回はオーバーワークであると思い、週1回に変更した。それでも、筋肥大は起きなかった。
 中2日または中3日ではダメ。中6日でもダメ…
 それでもう最近は、上腕二頭筋と三頭筋に関しては「現状維持でイイや」と思うようになり、バルクアップに関してはほぼ諦めかけていた。

 そんなある日のこと。

 背中のトレーニングの日に、最後のメニューである「ドリアン式懸垂(勝手に命名。逆手で行うが、上腕二頭筋ではなく広背筋に効かせる懸垂のこと。ドリアン式ローイングの懸垂版)」を行った後、何となく「上腕二頭筋で上げる懸垂」をやってみたら…
 いっ、1回も上がんない?!
 そんな筈は?!と頑張ったが、マジで上がんない!
 いくら私が非力とはいえ、フレッシュな状態でやったら、5回は上がる(若い頃はギリギリ10回出来た)と思うんだけど…

 「ドリアン式懸垂」では、確かに体を背中で引き上げている感覚が(バーンに近い感覚も)ある。でも、その後で「二頭筋懸垂」が1回も出来ないということは、「ドリアン式懸垂」を終えた時点で二頭筋も相当疲労させているということに他ならない。
 “背中の日”は、出来るだけ上腕二頭筋と三頭筋を使わないようにしていたつもりだが、二頭筋に関しては使ってしまっているワケだ。そこで私は、二頭筋がどの程度疲労しているかを確認するため、ネガティブオンリーで「二頭筋懸垂」を行ってみた。しかし、ストラップを既に外していたため握力が先にヘバってしまい、7回で終了。疲れもあったので、わざわざストラップを再装着する気にはならず「ま、いいか」と、その日のトレーニングを終わらせた。

 その翌日。

 何か、イイ感じで上腕二頭筋に疲労感があるではないか。
 上腕二頭筋にこんな感覚があるのは、久し振りである(って言うか、以前はいつこういう感覚があったのか覚えていない)。
 前回上腕二頭筋をトレーニングしたのは3日前。即ち、昨日は中2日で上腕二頭筋を刺激したわけである。
 今回の「中2日」は、イイかも?!
 以前、上腕二頭筋と三頭筋を週2回トレーニングしても筋肥大しなかったときとは、明らかに感覚が違う。そう言えば、あのときとは腕のトレーニングメニューも違う。今回の方が、よりハードな内容の中2日である。私がタブーとして避けてきた、「追い込んだ内容での中2日」なのだ。
 ここで私は、ふと思った。もしかしたら…

 中1日でもイケるんじゃないのか?
 ハードゲイナーの私でも、腕という特定の部位に関しては、人並みの回復能力があるかもよ?
 そう思ったのも、今使っているトレーニングローテーションをマイナーチェンジさせると、腕を中2日ではなく中1日で鍛えることが多くなるからだ。
 これは、試してみる価値がありそうだ。

『大決戦! 超ウルトラ8兄弟』

『大決戦! 超ウルトラ8兄弟』
  2008年の映画館で観た映画:25本目
  映画を観た日:2008年9月21日(日)


 新宿ピカデリーで観たんだけど、現時点でもう上映が終わっちゃってるねぇ。同じ日(9月21日)に観た『パンダフルライフ』は、明日も上映があるのに。あんまり客が入らなかったのかなぁ、良い映画だったのに…。

 だから、今更になってしまうのだけど、この映画は映画館で観る価値があった。
 以前、『ウルトラマンティガ THE FINAL ODEYSSEY』を劇場で観て失望し、それ以降ウルトラ映画を一切観ていなかった私が言うのだから、間違いない。
 『大決戦! 超ウルトラ8兄弟』と『ウルトラマンティガ THE FINAL ODEYSSEY』との最大の違いは、戦闘の舞台が都市(横浜)であること。そして、ウルトラマンの戦う相手が怪獣・星人であること。この基本線が押さえられていることを、先ず挙げたい。

 そしてもう一つ、久し振りにウルトラ映画を観る決断を私にさせたのは、雑誌『シネマスクエア vol.20』(下の写真の左端)に掲載された、長野博のインタビュー記事である。そこで長野博が語っていたことは、私が彼に抱いていたイメージを一変させるものだった。
映画パンフ及び関係本を買ったのだ

******** 『シネマスクエア vol.20』の8ページから一部引用 ******** 

 (ダイゴの変身に関して)そこに説得力がない限り、今回の映画は成立しないと思ったので、脚本に関しては何度となく打ち合わせに参加させてもらいました。
 “ダイゴがダイゴとして動けているか”、これは僕にしか分からないことなので、「この流れではダイゴは変身できません」とか、脚本を読ませていただいて感じたことを素直に言って、それを脚本に投影していただきました。世界が違うから何でもできちゃう、ってことじゃないんですよ。

**************** 引用終わり ****************
  

 長野博が、そこまでダイゴというキャラクターを大切にしているとは思っていなかった。
 彼がそこまで言うのなら、彼を信じて、その映画を観てみようという気になったのだ。
 そして、長野博は期待を裏切らなかった。この映画のダイゴは、確かに私が12年前にTVで観たダイゴであった。ダイゴのいる世界はTVシリーズの世界とは全く別の世界であったが、ダイゴは確かにダイゴだったのだ。

 そしてウルトラマンティガも、12年前にTVで観たティガそのままであった。
 私が12年前、「歴代ウルトラマンの中でも最も美しいのではないか」と思ったティガは、今回もやはり美しかった。


 ※これ以降、ネタばれ有り※



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『20世紀少年(第一章)』

『20世紀少年(第一章)』
  2008年の映画館で観た映画:26本目
  映画を観た日:2008年9月27日(土)


 現在43才の私は、子供の頃、実際に秘密基地を作った経験がある。
 それも1つではなく、少なくとも2つ作った記憶がある。
 どうやって作ったかと言えば、工事現場から廃材(と思われるもの)を(黙って)持ち出し、山(林)の中に運び込む。そしてその廃材を、山に生えている生木に釘で打ち付け、簡易な壁と屋根をこしらえたのだ。この映画に登場する秘密基地よりも、やや本格的なものだった。確か、『テレビマガジン』などを持ち込んでいたと思う。

 アポロの月面着陸のとき、私はまだ4才だったのでほとんど記憶に残っていない。だから、この映画の主人公達とは完全に同世代ではなく、3年ほど後輩である。自分の3年後輩、6年後輩のことを思うと、あるいは私の世代は“最後の秘密基地世代”に含まれるのかも知れない。

 そんなことを思いながら映画を観て、世代的な共感を感じられたことは楽しかった。しかし、作品的には、むしろ不満を抱くことの方が多いかった。
 まず、同窓会のシーンで藤井フミヤを出したことにはガックリきた。いくら主人公達の役者と同世代とは言え、アレはいただけない。あのシーンは、主人公達が「普通の人たち」=「無名の人たち」の集まりであることを印象付けなれればならないところなのに、藤井フミヤがいたことで“芸能人の同窓会のシーン”になってしまった。友情出演だか何だか知らないが、ああいう下らないことはやるべきではない。

 また、主人公のケンヂが指名手配を受けてからの生活の描写が甘すぎる。コンビニの店長をやっていたときの生活描写はそれなりにリアリティがあったのに、地下に潜ってからはリアリティが薄い。コンビニ店長時の描写の方が生活苦が感じられるというのは、明らかに不自然である。
 テンポの良さは買うが、詰め込み過ぎの印象が拭えない。もう少しエピソードを整理する必要があったと思う。

 VFXはクオリティが高く、コストパフォーマンスとしては世界最高レベルだろう。
 しかし、全体的に散漫な印象のまま終わってしまっている。第一章を観終えた時点では、正直言って第二章を観ようという気にはならなかった。
 第二章の前売券を買った理由は、第二章で主人公を演じている(らしい)女優のルックスが気に入ったからである。“ともだち”の正体とか、そういう作品的関心からではない。もちろん、第二章を観に行く以上は、作品的な面白さも期待しているのだが。

『私がクマにキレた理由(わけ)』

『私がクマにキレた理由(わけ)』
  2008年の映画館で観た映画:27本目
  映画を観た日:2008年10月11日(土)


 気が付けば今年に入って27本目。既にノルマの24本を越え、手元の前売券を無駄にしなければ、年内30本到達は確実となった。その分、感想文は溜まっているのだけど、とりあえず新しいものから先に書いていくことにする。

 この映画の前売券を買った理由は2つ。劇場で予告フィルムを観たとき、主役のスカーレット・ヨハンソンに対して「何かで見たことある女優だけど、何で見たか思い出せない」と引っ掛かる思いを抱いたことがまず1点。もう1つは、日本語タイトルの秀逸さ。これが原題直訳の『子守日記』だったら、前売券を買ったかどうか分からない。
 『私がクマにキレた理由(わけ)』と銘打たれたら、「その理由(わけ)は?」と知りたくなるのが人情である。単純であるが、強力な動機付けだ。

 この作品は、SFやファンタジーとは無縁な単なる日常生活を描いており、その意味ではわざわざ映画にしなくてもTVドラマの2時間枠でも十分な題材である。しかし、その視点の置き方や映像表現は映画的であり、映画館で観るに値する作品に仕上がっていた。この辺の見せ方が、洋画は上手い。
 邦画だと、日常を描くと飽く迄もドップリと日常に浸った造りになってしまい、“映画”という非日常的な視点や切り口を取り込めない場合が多いと思う。まるで、「日常を描く際に、非日常的な視点を持ち込んではいけない」と思い込んでいるかのようだ。もちろん、実相寺監督のように「非日常的な視点こそ、日常の本質を暴き出すことが出来る」と考えていた監督はいたし、今もいるとは思うのだが。

 アニーをナニー(子守)として雇った婦人を“ミセスX”として記号化して表現し、以降“ミスターX”、“X家”と記号化表現が一貫して続いたのも、本来特定されるべき一個の日常を普遍化させる映画的な処理として面白かった。その一方で、アニーが感情移入していくグレイヤー(X家の一人息子)には、“X”ではない、“二人だけの秘密の名前”が与えられるのも好対照である。

 日本にはナニー(子守)という職業には馴染みがないけれど、保育園や幼稚園は私が子供の頃から存在している。私も、1年だけだが幼稚園に通った。
 「アメリカの金持ちが、自分の子供を自分で育てない」という姿は日本人には奇異に映るが、「日本の中流層が、3歳の子供を7時から19時まで保育所に預けている」という姿は、外国人の目にはどう映るのだろうか。いつのころからか、「0歳保育」というのもあるらしいし。

 私の感覚からすると、「0歳保育」はグロテスクなのだ。養鶏所が「ブロイラー生産工場」であるという感覚と同様、0歳保育は「乳幼児生産工場」と思える。実際の「日本の0歳保育」の現場を描いた映画も、観てみたいものである。
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震電

震電

 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。